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飲み、ミスチル、るーす(愛猫)をこよなく愛し・・・
これといったテーマはございませんが、そんな“日々”をブログっちょります。
これからの人生・・・
土曜日の16:00から二重橋前に出かけた。数年来に渡りお付き合いさせていただいているファイナンシャルプランナーの方に会うためだ。自宅の買い替えなどライフイベントがあるタイミングに合わせて、ちょくちょくお世話になっている大変頼もしいお方である。今回も非常に有用な情報、提案をいただくことができた。

我が家のライフプランを見直している最中に、私の今の目標は、八ヶ岳の麓に居を構え、週末スローライフを送ることですというような話になった。日の出とともに目を覚まし、八ヶ岳、富士山、南アルプスを拝みながら朝食をとり、コーヒーを飲み、自然と戯れることです・・・と。

その方の抱えるクライアントを母集団とした際の確率統計によると、「人生に対して早い時期から目標を設定している人は、その目標の達成度合が高い。」というような話になった。振り返ってみると、私も何か目標を設定し達成すると、また次の目標を設定して・・・というようなことになっているので、それはそれで信憑性があるのかもしれないと思った。

その後に入ったレストランでは、これまたタイミング良く(?)、こんな(↓)掛け軸(?)があったので、さっそくちょうだいした。

夢のある者は、「希望」がある。

希望のある者は、「目標」がある。

目標のある者は、「行動」がある。

行動のある者は、「実績」がある。

実績のある者は、「反省」がある。

反省のある者は、「進歩」がある。

進歩のある者は、「夢」がある。


来週は、「塔の岳」の頂より360度のパノラマを拝む予定である。今日電気屋さんで見たハイエンド・デジタルカメラがかなり気になっている。デジタル一眼レフだと険しい登山では荷物になるし、コンパクトなやつでは少々物足りない。うーん、あの大きさとパフォーマンス、そして手にしっくりと馴染む感覚が非常に気になる・・・。

安全に行くべし。
| - | 21:17 | - | - |
幸せの定義
「もっともっと」では幸せは訪れない
何かを成せば得られるものでもない
幸せとは、今の瞬間を楽しむこと

by マーシャル・ゴールドスミス


「もっともっと」では、幸せが訪れることはないだろう。今手にしているものでしか幸せになることはできないであろう。普段それほど意識することのない小さな幸せは無限に存在しており、それが見えるか見えないかは自分の心のメガネによるのだと思う。

欧米の文化を多分に受ける日本には「病気」が蔓延している − 「私が幸せになるのはこういう状況が整った時」と考えることである。幸せは何かを成し遂げたときに訪れるものではなく、今を幸せだと感じることである。今振り返ってみると、昔の自分にもそんな「病気」にかかっていた時期が少なからずあったのかもしれない。

仏教の教えにこうある。

「新しい息を吸うたびに新しい自分が生まれる」

ミスチルの「蘇生」も同様のことを歌っている。

何気なく昨夜ダウンロードした曲を今日じっくり聞いてみると、その詩の何と切ないことか。何度リピートしたことだろう。今、思い悩み、苦しんでいる自分の分身のような友人。彼がもう少し落ち着いたところで聞かせてやりたいと思う1曲である。
| - | 13:54 | - | - |
Mr. Children Tour 2009 - 終末のコンフィデンスソングス -
What a nice weather 晴れ !!


昨今の不景気を吹き飛ばすような良い天気、春の息吹を五感で感じるような快適な気候である。

そして、ついに来週は・・・

「ミスチル・ライブ@埼玉スーパーアリーナ」

今回のチケットは本当に入手困難であった。なんとかぎりぎりでオークションにてゲット。定価より高くはついたものの、「生音」に触れられる喜びを考えれば、まったく問題なしである。アルバムのリード曲である「エソラ」や心にしんみりと響く「水上バス」を筆頭に、「生」で聞きたい曲が今回のアルバムには多数収録されている。

一部週刊誌の報道によれば、「ミスチル解散」説も流れている。サザンやチャゲアスの件もある。「もしや・・・」と考えてしまうのは当然のことであろう。なんでもこの手の情報はアーティストの節目にあたる年に多いのだそうな。サザンやチャゲアスは「30年目」という節目、そして、ミスチルは今年が「20年目」という節目にあたる ショック 。まんざらでもないのか?!

ミスチルの詩に共感を覚え、彼らの世界に引き込まれる。ミスチルの奏でるメロディーラインに感情を刺激され、「頑張ろう」というパワーをもらう。そんな20年間であった。新曲のリリース含め、年内のツアー以降のスケジュールは白紙だそうだ。今後も彼らの活動を熱望するファンは自分を含め、さぞ多いことであろう。そんなことを考えつつ、来週は思う存分楽しんでこようと思う。

しかし(急に話は変わるが)・・・

論文が終わり、週末の時間を持て余す、ここ2週間。忙しいスケジュールをやりくりするのは得意だが、スケジュールが空白になってしまうと何をして良いのかわからず パクッ 。論文のみならず、仕事も超多忙期であった1〜3月の四半期。バーンアウトか、「何もやる気がせず」みたいなオーラが滲み出ている気がする。

こんな時は・・・

「気分転換」= 「今までと逆のことをする」しかない。

ここ数カ月の生活は、椅子に座り、PCと向き合い、数字を追いかけ、論文を書く・・・であった。これは、「左脳」を活発に使うような生活形態であったと思う。

ので・・・

これからしばらくは、体を動かし、音楽や芸術(?)に触れ、感情を喚起するような「右脳」型の生活を送ることにしよう。当面の目標は、思い付くところでざっとこんな(↓)ところか。

1)ギターを弾く or また習う
2)ジムに通い、10km/day x 2〜3日/week 走る
3)久し振りに柔道着を纏う(柔道ダイエット?)
4)月に1回は、山に登る
5)写真を撮る

ポイントは「バランス」。

右脳」と「左脳」のバランスを保つことであるチョキ。 

Have a good weekend!!



| - | 12:44 | - | - |
M3
What a great car びっくり !!

昔から車の運転が好きで、気分が凹んでいる時でも好きな音楽とともに適当に走っていれば、良い気分転換になったものだ。若かりし頃(?)は、マニュアル大好きであったが、さすがにここ数年はオートマ パクッ である。

今ので3台目になるが、BMWに乗っている。「走る、曲がる、止まる」のトータル・バランスが結構気に入っている。アンカリング効果によるものか。アメリカでは、BMWに乗っている連中を「ビーマー」と言うらしい。

*アンカリング効果・・・船が錨を降ろすと、錨と船を結ぶともづなの範囲しか動けないことからくる比喩。最初に印象に残った数字や物が、その後の判断に影響を及ぼすことで、ビジネスやプライベートのあらゆる局面で起きる現象。

先日、数年付き合いのある営業担当から電話があった。「M3の試乗車が来ました!」とのことで、すぐに駆け付けた。ショールームに到着するとすぐに試乗で首都高速へ。試乗したのは、M3の新開発・7速 M DCT Drivelogic(ダブル・クラッチ・トランスミッション(シフト・パドル付))モデル。宣伝文句通りの「驚異の加速」で、ハートを鷲掴みにされ、心を奪い去られてしまった・・・こんな感覚、幼稚園の初恋相手であるK.H.ちゃん以来か。

その加速はジェット機の如く、エンジンはどこまでも吹けあがり、路面との接地性もピカイチ。ハンドル脇にあるシフト・パドルがまたなんとも言えず快適な操作性でこれはオートマ車であってオートマ車でない車である。その価格もスーパーだが、走りもスーパーなのである。もうほんとに「乗っているだけで楽しい車」なのである。数ヶ月前にポルシェを試乗させてもらった(←もちろん、買う気はなく、ディーラーにコーヒーを飲みに行った)時に営業担当者が、「ポルシェは運転しているだけで楽しい車です。」と言っていたが、自分的には「M3 > ポルシェ」である。

今でも興奮冷めやらぬ、M3のパフォーマンス。ハイブリッドや電気自動車も良いと思うが、もう少し「やんちゃ」していたい・・・というのが本音か。しかし、あんなレーシングカー並みの車が公道を走っていても、馬の耳になんとか、豚になんとか・・・なのかもしれない。

が・・・、

「乗っているだけで楽しい車」

であることは、自分の感覚が今でも鮮明に覚えている。

「いつかは、M3・・・」

(↑)どこかで聞いたことのあるキャッチコピーだ・・・ピピピ



| - | 00:37 | - | - |
(義)か(私)か
修論を終えてはじめての週末・・・時間を持て余してしまい、どうしたものかと家の中をうろうろする始末。こんなことでは、いかん 怒り !と思いつつ。昔から何か目標がないと行動できないというか軸がぶれてしまう。これを実感したのは中学3年の時。当時は「柔道」が生活の中心に位置されていたが、それも夏場でメジャーな大会が終わると「腑抜け」になった自分を思い出す。さて、これからはどうしたものか。

家事を終え、コーヒーを飲みながら愛読書の「プレジデント」に目を通していると面白い記事があった。「歴史に学ぶ仕事道」。話のサマリーはこうだ。

◆義の話

愚公(愚かな90歳にもなろうというおじいさん)が二つの大山の麓に住んでいた。山の反対側に抜けるのに多くの人達が不便な思いをしていた。そこで、山を切り開こう!という提案のもと家族で結束、山の切り崩しにかかった。

これを聞いた智叟(ちそう=利口なおじいさん) : 「お前、馬鹿だねえ。余命を考えれば無駄なことだろう。」

愚公 : 「お前の凝り固まった考えって奴は、どうにもできんものだのう。やもめや幼児ですら、まだましなくらいだ。わしが死んでも子供がいる。子供からは孫が生まれ、その孫にはまた子供が、さらにその子供、孫と子孫は絶えることなく続いていく。ところがどうだい、山はあれ以上高くならない。どうしたって平らにできないわけがないだろう。」

◆私の話

ある巨人 : 太陽に追いつこうと走って行った。途中、喉の渇きを癒すために黄河などの大河の水をすべて飲み干してしまう。さらに走り続けているうちに、乾ききって命尽きてしまった。

これらの話の違いは、主人公たちの目指すものが「みんなのため(義)」か「自分の欲望(私)」か・・・ということだそうだ。

人間は生を受けてこの世に誕生した段階ですでに「社会」という共同生活の中に放り込まれている。集団の中においてルール・規律は最低限の約束事であり、その約束事なしに共同生活を送ることはできない。その共同生活を円滑に送るためには、ちょっとした「義」の心がけが必要なのではないだろうか。

そんなことを考えさせられた記事であった ノーノー 。



| - | 21:39 | - | - |